「あなたぁ~、うっとおしいから動き回らないでよ。テレビでも見て、じっとしててよ」
「そんなこと言ったって、誰が落ち着いていられるっていうんだ」
「あなたが言い出したことじゃないの」
「ああ、わかってるよ。もうテレビまでバカにしやがって」
「それ違う、テレビじゃなくて、エアコンよ。深呼吸でもしなさい」
俺は、エアコンのリモコンを手に、カミさんに言われるまま大きく息を吸った。娘は、大学3年生。俺とは違ってめちゃめちゃ勉強ができる。国立大学で弁護士を目指して勉強中だ。でも、ガリ勉というわけではない。いまどき、まだそんな部活があるのかと驚いたが、ワンダーフォーゲル部に所属して、ときどき山登りに出掛ける。
誇らしい自慢の娘なのだが、幼い頃から心配していることがある。もらってくれる男性がいるかどうかってことだ。
父親の口から言うのは辛いが、小学生の頃、なんども「ブス」と呼ばれて泣かされた。そんな話を聞かされても、まったく心配はしていなかった。なぜなら、俺も小学生の時に、好きな女の子に対して「ブス」と言って気を引こうとして、からかっていたからだ。こんなにカワイイうちの娘が、間違っても「ブス」なわけがない。
ところが、中学、高校、大学と一度もカレシができなかった。当人いわく。
「いいの、私はブスだから恋愛は無理。学者か弁護士になって一生独身で生きて行く」
そう言い、猛烈に勉強し難関校に合格したのだ。俺は、父親として、なんて言ってやったらいいのかわからなくて悩んだ。妻は、「そういう生き方もあるのよ」と笑っていたが・・・。
その娘が、父の日を前にして尋ねてきた。
「ねえ、パパ。なにか欲しいものある?」
「なにもいらん。欲しいものは、自分で買うからいい」
なんて冷たい言い草か。でも、毎日笑顔でいてくれるだけで充分に幸せだと思っている。
「本当になにか欲しいものはないの?なんでも言ってよ」
「う~ん、それならカレシをうちに連れて来てほしいかな」
「・・・わかった」
「え?!わかったって?」
「実は、結婚も考えてる人がいるの」
「なんだって!」
まさか、娘にカレシが!?寝耳に水のことで俺は、ただ茫然とした。
テレビドラマなら、さしずめ「どこの馬の骨だかわからない奴に、大切な娘はやれん」と言って、怒鳴り散らすところだろう。だが、正直嬉しい・・・。気が変わらないうちに、熨斗を付けて進呈したいくらいだ。
かといって「こんな娘で本当にいいんですか?」などと口にしたら、二度と娘は口を聞いてくれなくなるに違いない。う~ん、いったいどんな男なのか。俺は喜びと淋しさが入り交じり、狭い家の中をグルグルと回っている。
ピンポーン!
ドアホンが鳴った。できることなら逃げ出したくなった。