親孝行にまつわるいい話『お母さんが代わってあげたい…』

『お母さんが代わってあげたい…』

ペンネーム:ぞんちゃん(広島県広島市)

思えば遠い昔、一三年前の出来事で、今でも心の支えになっている言葉があります。
「お母さんが代わってあげたい…」
病院の個室病棟で手術後の私に付き添ってくれた、母の言葉でした。元気だった二六歳の私に、突如告知されたのは【胃がん】。ステージ3の末期に近い進行がんでした。

平成九年二月二六日に、胃・胆のう・脾臓を全摘出、食道・すい臓を部分摘出という、それは一〇時間の大手術でした。手術後、個室で過ごす日々は、想像をはるかに超える壮絶な痛みでした。丸三日、一睡も出来ないほどの激痛。高熱にうなされ、強制的に目をつぶっても、痛みで起きて時計を見ると、たったの三〇分ほどしか経っていません。過ぎてみれば落ち着くとわかるその経過も、その渦中にいるうちは、見えない暗闇のトンネルを、地図もないままただ歩く、そんな暗黒の世界でした。

つらかった。けれど、付き添う母の心痛は計りきれず…! あまりの痛みに、意識がもうろうとする私を見て、母が発した言葉が、
「お母さんが代わってあげたい…」
涙交じりで、背中を向けながらこぼした母の言葉。明るく気丈な母からは想像できない言葉でした。けれど、時同じく私が思い、心で発した言葉は、
「これが私でよかった!」
心の底からそう思っていたのです。

一九歳で結婚した母は、慣れない農家の嫁となり、年中無休の過酷な道を選びました。末っ子の私を入れて三人の子育てに奮闘し、みるみる激やせになるほど働きました。同居の祖母との確執も、子供の私にも伝わるほど…。

けれどいつも、じっと我慢をしながら、置かれた環境の中、ひたむきに、いつも一生懸命でした。笑顔の絶えないヒマワリのような母。その明るさの陰には、大きな苦労や悲しみが詰まっていて、子供心に胸痛めることも多々ありました。何の親孝行もせずまた苦労をかけてしまった。申し訳なく悲しかった…。

なのに、我が事のように心配し、泣いてくれた母。そんな母だからこそ、この世のものと思えない痛みが、自分でよかったと思えたのです。幸い、山あり谷ありを繰り返しながらも、五年の節目を越え、今一三年目を元気に過ごしています。

五〇代前半の母は還暦を過ぎ、二六歳だった私は、今日で三九歳になりました。あのとき発してくれた母の言葉は、ずっとずっと心の支えとなって励みになっています。

苦しみを数重ねながら、どんな時も苦しみを共有してくれた母を誇りに思い、今も【いのち】輝かせて生きています。

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