『親子の再出発』|親孝行大賞受賞作品

東京都清瀬市
もみじ様の作品

リトルリーグで野球をやっていた少年時代。もちろん夢はプロ。だけど高校進学と同時にその夢は絶たれた。

原因は親父。日に日に増えてゆく酒量は親父をアルコール中毒に陥れた。借金もしたし、会社をクビにもなった。

そのせいでお袋はパートを増やし、俺は進学を諦めた。何だか悔しくて、悲しい。親父に買ってもらったグローブを質屋に売った時、思わず涙があふれた。その時のお金はまだ取ってある。いつかこのグローブ以上のものを買うために。

進学の道を絶たれ、しばらく何もできなかった僕も野球とは全く関係のない仕事に就いた。いま思えば運命の仕業だったのだろうか。

5年後に炭酸水の開発を任された。最初は戸惑ったけど勉強していく中でそれがアルコール中毒に効くことがわかった。

炭酸水にはお酒のような口当たりがあり、気分も良くしてくれる。だけどお酒より格段に健康に良い。今は病院や介護施設、アルコール中毒の自助グループでも積極的に取り入れられている。

僕が自助グループに営業に行くのも契約のためじゃない。親父みたいに酒で失敗した人間を救いたいんだ。彼らはお酒が「おいしい」んじゃない。誰かが「こいしい」だけ。

だから炭酸水を飲みながら色んな話をする。手を握ることもあれば肩を抱くこともある。この前炭酸水を贈ったら、親父も喜んでいた。「これを早く飲んでいたら酒がやめられたのに」って酒臭い顔で言っていた。

本当は酒なんてやめたいんだと思う。親父の目にうっすら滲む涙を僕は見逃さなかった。野球は諦めたけど、親父のことは諦めたくないんだ。

考えてみれば37歳の僕の人生は、まだ7回裏くらい。野球では8回表で大量得点もあるし、9回裏のサヨナラゲームだってある。つまり終盤戦も見逃せない。

今はまだ酒が手放せない親父も、いつか酒と縁を切ってくれる日が来てくれるんじゃないかと思う。確かにひどい親父だったのも事実。

だけど僕に野球を教えてくれたのも事実。アルコールを克服するために頑張ってるのも事実。僕ができる事は応援していく事。そのために、1本を1ミリに、1ミリを1滴にする努力を僕は惜しまない。

いつか来るだろうか。親父と乾杯できる日が。その時にはこの炭酸水を飲みたいと思う。グラス同士が合わさる「チン」の音は、親子の再出発の号令になるはずだ。

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