『今度は、私の番』|親孝行大賞受賞作品

静岡県富士市
yukari様の作品

朝、ベランダの物干し竿に暖簾代わりの黄色いバスタオルを干す。それが、本日『ムスメ居酒屋』開店の合図。

『ガタン、ゴトン。ガタン、ゴトン』

父を思う時、真っ先に浮かぶ音。酒販勤めの父は毎日、沢山の酒瓶を荷台に載せてトラックを運転し、各地の酒屋へ配達し続けた。街の大型酒店から、奥深い山道を走り抜けた僻地の雑貨店まで。ガタン、ゴトンと荷台の酒瓶を鳴らし、働き者の父は来る日も来る日もお酒を運び続けた。

だが、そんな父を疎ましく思う時があった。それは母に代わり、父が幼稚園のお迎えに来る時。他の親達は皆マイカーに乗り、洒落た服で迎えに来る。なのに、私の父は…「ガタン、ゴトン、ガタン、ゴトン」沢山の酒瓶を派手に鳴らし、大型トラックで現れるのだ。頭には手拭いの鉢巻。トラックから勢いよく飛び降りる父は、汗だくのTシャツに黒の前掛け姿。

「ユカ!迎えに来たぞ」観衆注目の中、大声で父に名を呼ばれる度、恥ずかしくて堪らなかった。急いで走ってトラックに乗り込む。外から見えないよう座席の下に縮こまって隠れる。

「隠れんぼしてないでちゃんと座れ!」
「皆に見られたら恥ずかしいもん!」

古風な頑固親父に娘心など到底分からない。

そんな頑固親父は、お酒が大好きだ。若い頃はよく飲み歩いていたが、3人の子供が生まれると飲みに出かけなくなった。子供らを大学へ進学させ、一人暮らしさせる為だ。父は嵐の日も吹雪の日もトラックでせっせとお酒を運び、学費と生活費を稼いだ。

やがて、社会人になった3人の子供は結婚した。父も数年前に定年を迎え、『ガタン、ゴトン』も聞けなくなった。やっと再びお酒を飲みに出歩けるなと思いきや…

「年金暮らしでお金もないし、飲み歩く元気もないな。腰と膝が痛くて」
40年以上、重たい酒瓶のケースを運び続け、酷使した腰と膝はもう完治しない。少し足を引きずって歩く父を見ると、無性に切なくなる。

父のお蔭で私は大学へ行き、念願の教師になれたのだ。父に恩返しをしたくて、そこで開いたのが『ムスメ居酒屋』だ。私の家は実家から徒歩2分の距離。月に1〜2回、私は自宅で『ムスメ居酒屋』を開く。 父の好きなお酒と料理を用意し、夫を交えておもてなし。

開店時間は17時。父が晩酌は17時からと自身で決めているから。それは退職した会社の定時。そんな所も生真面目な父らしくて微笑ましい。

「美人女将!日本酒のお代わりを頼む!」
「美人『若』女将って言ったらあげますよ!」
「アラフォー娘が図々しいぞ!美人って付けてやっただけ有り難く思え」

大好きなお酒を飲み、好物の料理に舌鼓を打ち、憎まれ口を叩く父は上機嫌だ。

閉店後、私は父を実家へ送り届ける。引きずり気味の千鳥足。でも、羽が生えたように軽やかに浮き足立って見える。
「ガタン、ゴトン」父を支えて歩きながら呟く。
「なんか言ったか?」赤ら顔の父に、「何でもない」と笑って返す。
園児だった私を迎えに来てくれた父。今度は、私が父を送り届ける番。

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