新幹線やカフェで、不快な思いをすることがあります。携帯電話やスマホのおしゃべりです。なぜか、人は電話をするとき、いつもよりも声のトーンが高くなるようです。加えて声も大きくなる人もいます。
新幹線でもカフェでも、そのおしゃべりが長く続くと、もし他の席が空いていたら席を変わります。もし、空いていない場合は、新幹線の場合はそういう訳にはいきませんが、カフェでは店を出てしまいます。車掌さんや、スタッフさんにお願いして注意してもらうという方法もありますが、あまり好みません。嫌なら自分がその場から離れればいいと思っているからです。ただ、即断するわけではありません。「早く終わるといいなあ」としばらく様子をみます。
かかってきた電話を仕方なく受け、用件だけ聞いてすぐに切る場合もあるからです。だって、新幹線のデッキやカフェの外へ出るのは、誰だって面倒ですからね。ところが、ついついその要件が長引いてしまうこともある。
途中で、
「あ~ごめん、今、新幹線の中なんだわ。後でかけるね」
と言って、切る人もいます。
「すみません、レストランにいるので、表に出てこちらからかけ直します」
と言う人もいます。かけてきた相手が、大切な取引先の場合、待たせたり、「後でかけます」というのがなかなかできないこともあるでしょう。ついつい、「ちょっとだけならいいかな」と思い、電話を受けてしまうのも人の人情です。
さて、ある日のこと。新幹線に乗り込んだ志賀内は、席に着くなり届いていたメールのチェックをしました。サッサッと返事できるものは、すぐさま返信します。ところが、その中の一本に、ちょっとヘビーな相談事がありました。
う~ん。これは困った。とりあえず、急いで対応策をアドバイスする必要があります。デッキに行って電話かるか・・・それとも。迷ったあげく、メールで返すことにしました。
それは、いくつかURLも貼り付けたかなりの長文になりました。打ち終えるのに、20分くらいかかったでしょうか。ホッとして、スマホをカバンに仕舞いました。その時です。通路をはさんだ、隣の男性が、ぶつぶつと何か言っているのです。
「え?」
志賀内は、あまり関わらない方が賢明かな、と思いつつ、その男性の方をチラリと見ました。すると、前を向いたまま、またぶつぶつと言いました。今度は、はっきりと聞こえました。
「なんだよ、いい大人がピッピッってうるせーんだよ。モラル考えろ」
志賀内は思わず赤面。その場で縮こまり動けなくなってしまいました。というのは・・・・。
スマホを打つとき、ピッピッという電子音が鳴っていたのです。わかっていました。でも、その音が鳴らないようにするため、設定を変更しようと何度も試みてたのですが、うまくできませんでした。近いうち、スマホに詳しい友達に頼んで設定変更してもらおうと思っていました。
応急措置として、メールを打つ時、音量をゼロにして、打ち終わったら元の音量に戻していました。でも、元に戻すのを忘れて、かかってきた電話やメールの着信に気がつかなかったことが何度もありました。正直、メールするたびに、音を変更するのも面倒です。
そこで、その日、新幹線の中で、
「まあ、サッサッと終わらせるし、少しくらいの電子音ならいいかな」
と思って、電子音をそのままにしていたのです。ところが、ついつい夢中になり・・・長引き・・・。
「なんだよ、いい大人がピッピッってうるせーんだよ。モラル考えろ」
その隣の男性は、こちらを一度も向きません。そのあとは、腕組みして目をつむってしまいました。
「すみませんでした」
と目で合図することもままならず。前後には誰も乗っていませんでしたが、もし乗っていたら、他の人たちにも不快な思いをさせていたことでしょう。
その原因は、志賀内の心に潜む甘えでした。
「少しくらいなら」
「このくらいなら」
「すぐに終わるから」
ときどき、志賀内は、辛口の発言もします。
「『このくらいなら』という思いが、食品偽装事件を巻き起こす」
「『少しくらいなら』という対応が、企業の不正事件に発展する」
と。そう口にする自身が、過ちを犯していたのです。
猛省。大反省。すぐさま、翌日、友人に頼んで、音声の設定を変更してもらいました。
「このくらいなら、いいかな」
恐ろしい、悪魔の囁きです。