ちょっといい話『少し爪立って前方を眺めてみよう』志賀内泰弘

ときどき、ご近所の人と立ち話をします。井戸端会議とまではいきませんが、生活に有益な情報を得られることもあります。

例えば、コロナ禍が始まった当初は、どこのドラッグストアでマスクが何時くらいに入荷するとか。公園の向こうの工場跡地に、大きなディスカウントストアができるとか。はたまた、カラスからゴミを守る方法や庭の同じところフンをしていく猫対策など、生活の知恵を教えてもらうこともあります。

さて、そんなご近所さんから、ちょっと眉をひそめる話を耳にしました。そのお宅の郵便受けに、切手の貼られていない手紙が入っていたというのです。怪しげでしたが、開封するとそんなことが書かれていました。

「お宅の庭のスギの木が花粉を飛ばしている。迷惑だからなんとかしてくれ」という内容だったそうです。スギの木といっても、3メートルほどしかありません。台スギといって、幹から伸びる途中の小枝を全部鎌で払ってしまい一番上の枝だけを残します。下部と上部にしか葉っぱはありません。京都の北山台スギが有名で、凝った和の庭を作る際によく用いられます。

ご近所さんは、まさかこんな小さな木で花粉症の人の迷惑になるとも考えにくく(そのお宅にも花粉症の家族がいます)、そのままにしておきました。ところが、しばらくして、またまた「迷惑だ」という手紙が、投げ込まれたのです。やむなく・・・というより泣く泣く、ご近所さんはそのスギの木を根元から切り倒しました。

実は、似たような話が2ブロックほど離れた地区の町内でも起きていました。こんなことが書かれた一筆箋が、郵便受けに入っていたというのです。
「お宅の角のハナミズキの枯れ葉が落ちて、うちの玄関に溜まる。迷惑だ」

この家のハナミズキも、3メートルほどしかありません。それは、若木なので幹は細く、葉っぱも花も少ないのです。それだけではありません。その家のすぐ東隣は、氏神様を祀った鎮守の杜です。平安時代からの由緒ある神社で、いくつもの大木があり秋になると落葉します。氏子がそれを掃除するのですが、45ℓのゴミ袋に20、30個も山積みになるのです。ハナミズキとは比べ物になりません。

こちらのお宅でも、気味が悪いのでバッサリ切り倒してしまいました。ご近所さんたちと、話しました。スギもハナミズキも実に惜しい。でも、どう考えてもその手紙を書いた人は妙である。尋常ではない。ひょっとすると、心が病んでしまった人の行いなのではないか。だとすると、逆らうのも怖い。気は進まないけれど、切り倒すのが正しかったと考えようと。

共に、コロナ禍が始まって半年から一年が経った頃の話です。そうです。ここからは、あくまでご近所さんとの推測話ですが、自粛、自粛で引き籠り過ぎてしまい、心が荒んでしまったのではないか。そう考えると、気の毒である。「うつ」になってしまったのではないか。「うつ」の症状で被害妄想になることもあります。なんとかご家族に助言してあげたいけれど、どこの誰かもわかりません。

そんな時、ふと健康雑誌のコラムに目が留まりました。新渡戸稲造さんの言葉です。

少し爪立って
前方を眺むれば、
人間の生ける間には、
一条の光明が
前途に輝き、
希望の光が
見えるものである。

正直に言うと、私もこのコロナ禍で心がうつうつとして、体調が思わしくない日が多くなりました。ストレスが溜まっているのです。口にしても解決しないことはわかっていても、政府に対して愚痴を零します。自分では大丈夫とは思っていても、いつ手紙の主のようにならないとは限りません。

「少し爪立って 前方を眺むれば」とあります。そうなんですよね。ほんの少しだけでいい。爪先立つ程度でいいから、前を向く。上を向く。ほんの少しだけでいい。そうするだけで、光が見えて来る気がします。

ほんの少しだけでいい。一条の光は、きっと大きな輝きになると信じて。手紙の主の無事を祈るばかりです。

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