ちょっといい話『星野源さんの言葉』志賀内泰弘

「明日死んじゃうかもしれないから」

それが、私の口癖です。でも、そう口にすると、たいていの人から引かれます。かなり前なら、そう思ってはいましたが、相手のリアクションが想像できたので、控えていました。しかし、歳を経て重ねて様々な経験をするたびに、その思いは強くなっていきました。

35歳のとき、会社の上司のパワハラに遭い(当時はパワハラという言葉はありませんでしたが)、大病をして生死を彷徨いました。死ぬかもしれなかったのにもかかわらず、
「明日死んじゃうかもしれない」
とは思いませんでした。なぜなら、「生きたい」「死にたくない」という気持ちの方が大きかったからです。

それから時が経ち、10年前のことです。大きな出来事がありました。一つは、東日本大震災。一度に大勢の方が命を奪われました。なんの罪もない人たちです。どんなに真面目に生きていても、死んでしまうことある。明日は、来ないかもしれない。

「明日死んじゃうかもしれない」
 
そう強く思いました。でも、もう一つ、東日本大震災よりも、ショックなことが起きました。カミさんが、がんになったのです。それから6年間にわたり、看病介護をして見送りました。
「一度、生死を彷徨い、持病のある私よりもずっと健康だったはずのカミさんが先に死んでしまうなんて・・・人生は諸行無常だ」
と思いました。

病気になりたくてなる人はいません。まさしく、人は生きているかぎり、一度は死ぬのです。
 
それ以降、毎日のように、人と合うと、
「明日死んじゃうかもしれない」
と口にするようになりました。

でも、それは、けっして厭世的な意味で言っているわけではないのです。
「明日死んじゃうかもしれない」
の後に、「から」と続くのです。

「明日死んじゃうかもしれないから」
やりたいことは、すぐに行動に移そう。
「明日死んじゃうかもしれないから」
会いたい人には、すぐに会いに行こう。
「明日死んじゃうかもしれないから」
食べたいものは、少しくらい高くても食べよう。

そうなんです。寿命が今日まで、と思うと、今日という日が充実します。今という時間を大切にする。
「明日死んじゃうかもしれないから」
と言うと、
「そんな縁起でもないこと言うなよ」と眉をひそめる人もいますが、
それは反対。
明日への希望となる「いい言葉」なのです。

それでも、やっぱり、「死んじゃう」という言葉は、どうも聞いた人の心を暗くするようです。テレビで、マツコデラックスさんと星野源さんのリモート対談を見ました。そこで、星野さんが、こんなことを言っていました。

「くも膜下出血で倒れたことがあって、その時から余計に自分の人生が、命をもう一度もらったような気がして、どうせなら面白いことをやって死にたいなあと、思うようになった」

あっ!
私と一緒だ!
と思いました。大病をすると、同じ境地になるようです。私が60歳で文芸作家デビューしたのも、
「明日死んじゃうかもしれないから」
という強い強迫観念のようなものの「おかげ」で、20歳の頃からの夢をようやく実現しようと覚悟を決めたからに他なりません。

かといって、他人に「病気になりなさい」などと言いたいわけではなく、言えるはずもありません。でも、仏教では、こんなことを説いています。
「今、一生」
今、この瞬間を、一生と思い、生きなさい。

ところで・・・、私が何を言っても、悲観的に聞こえてしまいますが、星野源さんが言うと明るく聞こえてしまい、
「私も、面白いことやってみよう」
って思いませんか?

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