『サンドウィッチマンと一人の少女』|ちょっといい話 志賀内泰弘

月刊紙「プチ紳士からの手紙」でも連載していただいている中野敏治さんから、ニュースレター「かけはし」が届きました。中野さんは、元・神奈川県の中学校で校長を務められ、現在は「やまびこ会(全国教育交流会)の代表をしておられます。

今日は、その「かけはし」から、なんともせつなく、どうしようもなくつらいけれど、それでも元気になれるお話を転載させていただきます。

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「サンドウィッチマンと一人の少女」

中野敏治

2018年11月末。私の脳に病気が見つかった。その病院では手に負えないと言われ大学病院を紹介された。

緊急な状態、翌週、大学病院に行くと、その場で「手術をしなければ・・・」、と余命を告げられた。大学病院で初診の日に1月の手術日が決まった。

8時間以上かかる、場合によっては2日かかる。100%成功するとは言い切れない。そんな言葉がドクターの口から出てきた。手術は現時点では成功したと言える。術後の様子を見ながら、生活が続いた。

そんな時、NHKの「病院ラジオ」を見た。

「病院ラジオ」は病院内にスタジオを作って、病院内だけに放送されるラジオ局。サンドウィッチマンが進行し、その病院に入院している患者さんがゲストとしてラジオに参加する形だった。

その時、患者として出演したある一人の少女に涙が出るほど感動をした。何度か手術を繰り返していた。それでも明るく笑顔だった。少女は将来の夢を語った。音楽を学んでいた。サンドウィッチマンの前で精一杯歌を歌った。

私は退院して、数ヶ月後にネットテレビで対談を行った。その時、この少女の話をした。視聴者から連絡があった。

「その少女は知り合いです」

と。その方の紹介で少女とメールをするようになった。その時、少女は16歳。もうすぐ17歳になるところだった。私が出した本や私がまとめたフォトメッセージ集を知っていた。

ある日、「中野先生に会いたい」とメールがきた。紹介をしてくださった方と少女のお母さんと私と4人で会うことになった。 

会う場所は、入退院を繰り返している病院。しかも「病院ラジオ」を収録した場所。初対面なのに明るく元気な少女の話にみんなが盛り上がった。いろいろな話をした。病気で倒れた時のことも少女は明るく話す。

「私が家で具合が悪くなった時、お母さんが私を車に乗せて慌てて病院に向かったんだけど、スピード違反で警察に捕まっちゃってね。そしたらお母さん、警察と喧嘩しているんだよ。私、後ろの座席で横になって聞いていたけれどね」

その話を聞きながらお母さんも苦笑い。でも親の気持ちは十分わかっているようだった。
私が持ってきた本を渡すと、
「これ、欲しかったんだ。ありがとうございます」
と言いながら抱きしめてくれた。
「先生の本、読みたかった。これ(フォトメッセージ集)も持ってきてくれたんですね」
「そんなに読みたかったの?」
「今夜、読みます」
と。

「この前も玄関で倒れちゃってね」
と話を続けた。どんな話をしても笑顔だった。
「俺と同じ頭の病気だから仲間だな、頭の手術仲間だな」
と伝えると、
「そう、仲間」
と笑い出す。

あっという間に数時間が過ぎた。気づけば外が暗くなっていた。4人でたくさんの話をした。病気のこと、入退院のことなど、でもなぜかどんな内容でもみんな明るく話をしていた。

「またメールします」と言って、その日は別れた。それからもメールのやりとりは続いた。

「今日、学校から帰って、着替えながら菓子パンを食べたんだけど、その先の記憶がなくなって、気づけば病院だった。私、着替え途中だったんだよ(笑)。原因は菓子パンではなかったみたいで、また入院になった。でも嬉しいことが。小学生の時に入院していた時の看護師さんが担当だった。バンザイ」

どんなことがあっても明るかった。でも、明るくしようとしている姿にも見えた。

そうだったんだ。私は「病院ラジオ」で初めて少女を見たときに感動し、涙をしたのは、明るいだけではなく、どこかにいじらしさを感じたからだった。

その後、少女は手術をすることになった。何度目の手術なのだろう。手術する前に病室から写真を送ってきた。ぬいぐるみを抱いていつもの笑顔だった。

それから数日後、手術を終えて写真を送ってきた。ぬいぐるみで顔を隠していた。きっと頭を隠したかったのだと思う。ぬいぐるみの間から包帯で巻かれた頭が見えていた。

私が講演に動き出したとき、出先でお母さんからメールがきた。「どうしよう、どうしよう」と慌てている。少女は一旦退院したものの、家で意識をなくし緊急入院となったのだ。こんなに慌てているお母さんの様子は初めてだった。

それから少女は意識が戻らず、数日が過ぎた。その状態で18歳の誕生日を迎えた。そしてその翌日、少女は逝ってしまった。もう少女からメールも笑顔の写真も送ってくることはない。声も聞けない。会うこともできない。

親の思いを母親のメールから十分感じ、返信ができなかった。新型コロナの関係で葬儀も縮小された。

病院で少女と会って話をしたとき、
「人生の中でいっぱい動く時期というのがあって、そんな時に人との縁が生まれるんだよ」
と話すと、
「私はこれから動き出すから。見ててね」
と笑って話していたことを思い出す。
「頭の手術仲間だね」
と笑いながら話していた少女の笑顔は今もそのまま残っている。

サンドウィッチマンも少女のことは忘れていなかった。サンドウィッチマンと少女はテレビ放送後に再会をした。テレビでは放映されなかったが、その時、少女はサンドウィッチマンの前で再び歌を歌っていた。

もうすぐ少女は20歳になる。先日、サンドウィッチマンから少女のところに花が届いたとお母さんが教えてくれた。

その花には「サンドウィッチマン 伊達みきお 宮澤たけし」としっかりと二人の名前が書かれてあった。そしてその花は彼女の仏壇の前に飾られた。サンドウィッチマンの優しさに気付かされた。

「中野さんの本、今でも仏壇の前に置かせていただいています」
ともお母さんは教えてくれた。嬉しかった。

優しさって、目に見えないもの。
優しさって、気づかれないもの。
でも、いつまでも忘れることがないもの。

「頭の手術仲間」の少女との出会いで、少女がたくさんのことを教えてくれた。
(少女は天使だった)

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