若い頃、クレーマーに近いことをしていました。
例えば、レストランに入ってお勘定が間違って請求されると、
「あなたのために言ってるですよ。
ここは私の好きなお店だから、
信頼を落として欲しくないんです」
などと、正論を振りかざし、長時間、店員に説教のようなことをしていました。思い出すだけで、ゾッとします。
ある時、母親にたしなめられました。
「嫌なら、行かなければいい」
たしかにその通りです。ただ、多く請求されたことに腹を立て、論点をすり替えてネチネチ言っていただけなのです。
もっとも、年齢とともに、反省に努め、少しずつねじ曲がった心を強制していきました。
さて、作家の松本清張さんのこんなエピソードを知りました。
ある時、編集者の宮田毬栄さんと銀座で待ち合わせをした時のことだそうです。あろうことか、宮田さんが、約束の時間に、40分も遅れてしまったそうです。相手は、大御所です。原稿を書いてもらえるだけで、ありがたい作家です。
怒られると思いきや、清張さんは叱らず、そのまま宮田さんを時計店に連れて行き、時計をプレゼントしてくれたそうです。そして、こう言いました。
「いくら仕事ができても、時間に遅れると会った瞬間から相手にハンデを持つことになる。対等じゃなくなるから、気を付けなさい」
なんと、心の広いことでしょう。出版業界では、
「もう君のところでは二度と書かない」
と言われても仕方のないことだろうに。
なんともカッコイイ。こんなふうに、さらりと人を許せる人間になりたいものだと思いました。
これには、余談があります。清張さんは、宮田さんに、こう尋ねました。
「君はなんで、遅れるんだい?」
宮地さんは、ずうずうしくも、こう答えました。
「デートではないけれど、これを着て行こうかな、と迷ったり、電話が突然かかって来ちゃったり、そういう女性心理を先生も書かなきゃダメなんですよ」
ここでも、清張さんは、ムッとせず、
「そうだね」
と受け入れたそうです。
う~ん。
大物は違います。
人を許すこと。
広い心を持つこと。
私の生涯の課題です。
(参考)NHK・Eテレ「知恵泉」「先人たちの底力 知恵泉「松本清張」後編 「人気作品を生み出し続ける仕事術」より