『春のこない冬はない』|ちょっといい話 志賀内泰弘

易経研究家の竹村亞希子さんの新刊のタイトルに、ググッと魅かれて読みました。

「時の変化の法則の書 春のこない冬はない 『易経のおしえ』」(実業之日本社)

中国の古典「四書五経」のうちの一つの「易経」を、占いではなく古代の叡智としてわかりやすく説明した本です。その中で、「寛容」について書かれている項目に目が留まりました。

若い頃は、「誰とでも仲良くしなければならない」とか「親友が間違ったことをしていたら、教えてあげなければいけない」などと、
自分自身に対しても、他人に対しても「〇〇すべきだ」と信念のようなものを持って生きていました。

しかし、それが、最近よく耳にする「不寛容」に繋がり、自らを「幸せ」から遠のけていることに気付きませんでした。

サラリーマンをしていた頃、新しく入社してきた後輩の教育係をしていた時のことです。

その新人は若いのに、どうも覇気がありません。接客をしていても、ボソボソとしゃべり、一向に話が進まない。これでは相手に失
礼だと、私が途中から代わって話を進めました。

しかし、その彼は年を追うごとにメキメキと頭角を現します。そして、社内外の誰もが認める人物になったのでした。

よくよく考えると、新人の頃は慣れない環境で、周りの様子を伺いながら慎重に仕事をしていたのです。それを私は勝手に「覇気が
ない」と思い込んでしまったのでした。

竹村さんは、この本の中でこう説いています。

「新入社員でも、中途の社員でも、新しく入ってきた時には相手の出来が良かろうが悪かろうが、最初はわかっていないのだから『蒙』であることに対して教える側は寛容でありなさいと言っています」

「「あの子は使えない」などと選別しない。いったん受け入れたなら、寛容になりなさいといっているのです」 (一部抜粋)
                       
「蒙」とは、まだ道理にくらい子供のことです。

歳を重ねると、頭も心も堅くなります。すると、「変化」を好まなくなり、ますます「不寛容」になる恐れがあります。
  
竹村さんは、さらにこう言います。

「物事の回答は一つではない」

と。一つだけ、それも自分の答えが正しいと思うと、対人関係でトラブルに遭います。また、自分が正しいと思い込んでしまうと、それが不幸への道とは知らずに突き進んでしまうかもしれません。

タイトルの「春のこない冬はない」は本当に至言です。人間も自然の一部です。

とすると、辛い思いをしている人間にも、必ず春が訪れるということです。しかし、ただ、ボーとしていても、春は来ない。

常に自らを省みて、
「この答えは正しいのだろうか」
「ひょっとしたら、他にも正解があるのではないか」
「いやいや、自分も正しいけれど、相手も正しいんじゃないか」
と自問自答し続ける人に、春は訪れるのだと思うのです。

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