『レクサス星が丘の流儀~心に種を蒔く』|ちょっといい話 志賀内泰弘

2014年9月に発表した拙著「No.1 トヨタのおもてなし レクサス星が丘の奇跡」はおかげさまでベストセラーになりました。

「レクサス星が丘」の一流の「おもてなし」ぶりは、新聞各紙の他、「がっちりマンデー」や「報道ステーション」など全国放送のテレビ番組でも取り上げていただき話題となりました。

あれから7年半。

「レクサス星が丘」は大きな変貌を遂げ、ますます「おもてなし」に磨きがかかりました。
このたび、1年間にわたる長期取材により、続巻の「No.1 トヨタの心づかい レクサス星が丘の流儀」(PHP研究所)を執筆しました。

レクサス星が丘の経営母体であるトヨタモビリティ東名古屋株式会社社長・山口峰伺さんは、ときおり全社員に向けてメッセージを書いておられます。

タイトルは「社長からの手紙」です。「あとがき」に、その中から一編を紹介しました。若かりし頃のお客様との思い出話です。ここに転載させていただきます。

▼「No.1 トヨタの心づかい レクサス星が丘の流儀」(PHP研究所)
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「心に種を蒔く」

山口峰司

一九九五年頃の、まだ僕が綿町店で営業をしていた当時のこと。

梅雨時の平日の午後、ある中年のご夫婦が来店された。そのご夫妻は藤岡町にお住まいのYさんといい、ご主人が加茂病院を退院されたばかりでその足で来られたという。それを聞いた僕は張り切って対応し、当時の人気車だったセプターワゴンを即決でご契約いただいた。

数日後、登録書類を持ってご夫婦で再度来店された。その時奥さんから、実はご主人の病気は癌であり、余命宣告を受けているということを聞かされた。

当時は本人への告知が 一般的でなく、もちろんご主人はその事実を知らされていなかったが、退院をしたら気分転換に新しい車を買い替えようと話していたのだそうだ。

そして、あの日何件かお店を回って当社に来たところ、僕と出会い、『あなたから買いたいと主人が言って契約したのよ」と教えてくれた。少し気難しい方だったが、一か月無料点検・三か月無料点検をきっちり入庫してくれた。

しかしそれ以上に細かい品質クレー厶を言っては、メカニックを泣かせていた。でも僕はもしかしたら人生最後の車となるかも知れないそのYさんの期待に応えたく、どんな難題も快く受け入れ対応した。

正直に言えば面倒と思うこともあったし、よく怒られて落ち込むことも多かったが、奧さんの言葉が頭から離れなかったからだ。

数か月後、本社へ異動の辞令が出たためにYさんとはそれきりになった。半年ほど経って綿町の仲間にYさんの消息を尋ね、お亡くなりになられたと知った。

それから十数年の歳月が流れたある日、若い女性が僕を訪ねて新栄店に来ているとの連絡を受けた。心当たりのないままお会いしたら、なんとあのYさんのお嬢さんだった。

確かに当時ご自宅へ何度かお邪魔した際、幼稚園くらいの女の子がいて一緒に遊んであげたことを思い出した。その子が免許を収得して、車を買いに来てくれたのだ。

彼女は母親から「車を買う時は山口さんに相談しなさい。亡くなったお父さんがとても信頼し気に入っていた人だから」と言われたとのこと。それでわざわざ僕を指名して店に来てくれたと知り、目頭が熱くなった。その日、彼女も即決で契約をしてくれた。

僕は当時のことを何度も振り返った。Yさんは本当にクレームで厳しいお客さんで、辛くて声も聞きたくないと何度も思ったくらいだった。

けれど必死に対応し誠心誠意向き合った結果、十数年後にこのようなご縁を与えてくれることになるなど、誰が予想しただろうか。

見返りを期恃せず一生懸命その人に尽くすということは、意図せずして相手の心に種を蒔くということなのだろう。

その経験は、現在のレクサスを始めとするおもてなしに活かされていると思う。どんな人にも心を込めて尽くすなら、いつか大輪の花が咲くのだ。

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