ちょっといい話『頑固じじいが北の地で流した汗と涙 山本孝弘』志賀内泰弘

日本講演新聞の中部支局長でコラムニストの山本孝弘さんに、当メルマガへの寄稿をお願いしました。
 「コロナ禍でみんなの心がモヤモヤしています。ジーンと来るいい話を書いていだけませんか?読者のみなさんの心が温かくなるようにと心を込めて」
 すると、こんなお話が届きました。

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頑固じじいが北の地で流した汗と涙

山本孝弘

僕が2年前まで勤めていた会社は水道工事会社だった。

ある日会社でパソコンを使っていたら急に床が揺れ始めた。長い揺れだった。その長さは「今日本のどこかで大変なことが起きている」と思わせるのに充分な長さだった。

10年前の東日本大震災の日のことである。震災の日から数日後、国からの復興協力の要請が各地方の機関を通して関連事業所に伝えられた。うちに来た要請は作業員たちを指揮できる現場監督一人の選出であった。

僕が手を挙げられれば話は早いのだが、残念ながら僕は営業社員だったため、その要請に対応できるスキルを持っていない。

社長室に呼ばれた僕は「誰を選出したらいいか」と問われた。一人の監督が数週間も不在になるのは、こちらもそれに耐え得る体力が必要になる。

どうせ大変になるのなら経験豊富な澤井さん(仮名)の選出がやはり復興にとって妥当ではないかと判断した。社長も同じ考えだった。

だが澤井さんはクセが強い。素直に行くことはない。僕の次に澤井さんが呼ばれた。

だが彼はすぐに社長室から出てきた。その姿を見てあっけなく断ったとわかった。僕は軽い怒りを覚えた。再度呼ばれた僕は次の人選はどうしようかと思いながら社長室の扉をノックした。中に入った途端に社長がこう言った。

「澤井、行ってくれるって」

それを聞いて僕はただ驚いた。

「どんなふうに説得したんですか?」

と聞くと、

「それが説得してないんだ。『澤井さんに行ってもらいたいと思ってる』と伝えたら、『えっ、僕ですか。僕なんかでいいんですか。もちろん行かせてもらいます』だって。肩透かしだった」

と言って社長は微笑んだ。

温かいものがこみ上げてきて、下を向いた僕は顔が上げられなくなってしまった。当時50代半ばの澤井さんは僕がメールで被災地の様子や彼の体調を聞いてもほとんど返信はなかった。

だが派遣の予定期間が終わり澤井さんは元気に帰ってきた。

澤井さんの派遣グループは仮設住宅の建設に伴う給排水工事を担当したとのことだった。写真もたくさん見せてもらった。

もちろん配管工事をメインにした工程ごとの現場写真だが、時折現地の惨状を映したものもあった。自衛隊員と小学生が笑顔で話す写真も紛れ込んでいた。

慰労会の席が開かれ、その冒頭で澤井さんが被災地の現状を話してくれた。明るい話は何もなかったが、口下手な彼が挨拶の締めにこう言った。

「でもね、帰ってくる時に最後に見た石巻の空は綺麗だった。東北の空は青く輝いていました」

世界中の人々の援助と祈り、多くの人たちが被災者と共に汗と涙を流した。みんなで耐え忍んだ。

あれから10年。今でも地元紙では震災に絡んだ記事が載ることは多い。震災はまだ続いているのだ。

だが、確実に前に進んでいる。

そんな東北に厳しい冬がやって来る。でもその後には春がくる。あの年の春とは違う色をした春が冬の向こうで待っている。

(編集長・志賀内より)
元気が出て来ました。知らないところで、知らない人が、困ってる知らない人たちの手助けをしている。いいなあ~日本!

そんな山本さんのエッセイは、この一冊で楽しめます。オススメです。

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