ちょっといい話『小三治さんの言葉…何もできなくても、感謝の気持ちだけは忘れたくない』志賀内泰弘

この春、コロナ禍で頑張っておられる医療従者のみなさんを応援するため、チャリティプック「人生にエールを。」(リベラル社)を発刊しました。

「何かしなくては・・・」という思いから、「何か」を形にしたつもりでしたが、結局それは自己満足程度のことに過ぎないのだと、空しい気持ちになりました。

このところ身内が入院を余儀なくされ、何度も病院へ行きました。でも、本人に会うことはかないません。

ただ、その度ごとに病状の経過を先生から聞き、必要な手続きをして帰ってくるだけです。

「ここまでするのか!」というコロナ対策が行われているのを目の当たりにして、「ああ、本当に医療従事者の方たちはたいへんだ」と、改めて思うのでした。

唐突ですが、柳家小三治さんの落語が好きです。噺家で唯一の人間国宝。中学生の頃、小三治さんは深夜のラジオ番組「ミッドナイト東海」(東海ラジオ)の土曜日のパーソナリティをされていました。真夜中に毎週毎週、生で演じる一席をラジオを食い入るようにして聴いていたことが忘れられません。

47年前のことです。

その小三治さんが出演するNHK・BSプレミアムのドキュメンタリー番組「止まらない男 柳家小三治」を見ました。

このコロナ禍でほとんどの落語会が中止になりました。そんな中、2020年の暮れに京都のロームシアターで弟子の柳家三三(さんざ)さんとの親子会が開催されました。人数制限と感染防止対策を十分に行ってのことです。

三三は言います。

「長く現場(高座)から離れていると不安になります。(81歳の師匠はなおさら)この年齢では大きいでしょうね。(それでも高座に)上がって噺するのは噺家一人ですからどうしようもない」

その小三治さんは、舞台にとぼとぼと向かう袖で、何度も独り言を口にします。

「大丈夫かなぁ」
「できるかなあ」

名人が何度もそう口にするのです。もちろん、見事な一席を演じました。しかし、お客さんの前で長く落語を演じられないことで、不安が募っていることがひしひしと画面から伝わって来ました。

小三治さんは、長くリウマチを患っています。高座の合間に自分でリウマチの薬をお腹に自分で注射します。噺の途中で、手足が痛くなることもあるといいます。先年には、腕が上がらなくなり変形性頚椎症で手術を受けています。まさしく満身創痍です。それでも、ファンの期待に応えるべく高座に上がります。

2021年1月8日、ギリギリまで主催者が協議を重ねた末に、コロナ対策を徹底して「新春柳家一門会」が開催されました。小三治さんの出番は、もちろん「トリ」です。お客様も「笑い」に飢えています。噺の「サゲ(落ち)」の後、小三治さんはお辞儀をして頭をあげました。

ところが、席を立とうとせず客席をじっと見つめました。客席の人たちは「どうしたんだろう」という空気に包まれました。もちろん、そんなことは長い噺家人生の中で初めてのことです。

ここから先は、小三治さんの言葉を全文そのままに筆記します。

「今日はみなさんに、わたくしからお願いしたいことがあります。今さら言うまでもなく、まったく生きているうちに、こんな時に出遭うとは思わなかった。わたくしは12月で81歳になりましたけど、まあ生きていてよかっというべきでしょうね、まあ、そういうことにしましょう。

そこで突然とんちんかんなことを申し上げますけど、大勢病人が出て、それを世話している人がどんなにたいへんだって思って、それを思い出すだけで、わたくしは普通に息ができません。誠にありがたい。そいで、せめてわたくしにできることは、みなさんの手を借りて、その方たちに励ましの形を表したい。

それでちょっとお手を拝借して、わたくしに今日のこれは『粗忽長屋』というなんともたわいもない噺ですけれども、その拍手の代わりに、その・・・ああいう方は医療従事者ってんでしょうか、ああいう方。それから今、病気の方もそうだし家族の方も、それにまつわる方々もたくさん悩んでいる方がいらっしゃいます。でも、とりあえず医療従事者の方に励ましの拍手をみなさんの手を借りて贈りたいと思います」

この後、少しの間を置いて合図をするように小三治さんが拍手をすると、客席はそれこそ熱く割れんばかりの拍手が沸き起こりました。もう一度、小三治さんは頭を下げます。そして、

「頑張りましょう。
 頑張ってください。
今日はありがとうございました」

と言うと、終演を知らせる太鼓が鳴り始め幕が下りました。それでも、拍手は鳴りやみませんでした。

小三治さんの言葉を聞いて思いました。

「何もできないけれど・・・何かできないだろうか」

と思うことはけっして無駄ではないのではないか。それは「感謝」です。

みんなが頑張っている。誰もが辛い。すると、ついつい他人のことまで気が回らなくなって、エゴに陥りかねません。そんな時、最前線で頑張っておられる医療従事者のみなさんに感謝の気持ちを持つこと。それは、具体的に何の役にも立たないでしょう。

でも、でも、一人ひとりが「感謝」の気持ちを持つことで、きっとコロナ禍で殺伐としてしまう世の中を、明るくするエネルギーになるに違いないと信じます。

「情けは人のためならず」と言います。見ず知らずに人に感謝すること。それは間違いなく自分の心も元気になることに繋がるのだと信じます。

★小三治さんが去る10月7日急逝されました。悲しみが深く言葉に表せません。心よりご冥福を申し上げます。

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