この夏、岩倉市の住田和子さん(75)は、トウモロコシをもらった。弟さんが育てたものだ。早速食べようと、皮を剥ぎ取って蒸す。がぶりとかぶりつくと、口いっぱいに甘い香りが広がる。そして、ほろ苦い思い出がよみがえった。
昭和19年の夏の日のこと。農家をしている母方の祖父が、トウモロコシを届けてくれた。当時小学校の低学年だった住田さんに、母親がおやつに出してくれた。一緒に食べていたところに来客があった。母親が席を立った間に、自分の分は食べてしまった。
ふと見ると、棚の中に母親の半分食べかけのトウモロコシが置いてある。住田さんは「これはいいものを見つけた」と思い、それも食べてしまった。
母親が戻って来くると、それまで見たことのないけんまくでしかられた。「一仕事終えてから食べようと思っていたのよ。今まで自分が食べなくてもおまえには食べさせてきたのに・・・トウモロコシは子どものころからの私の好物なのよ」と。
当時は、嫁ぎ先のことを気にして、気軽に実家に帰ることもできない。戦時中の食糧難。祖父は娘のことを心配し、はるばる遠くから峠を越えて自転車で運んでくれたのだ。住田さんは母親を早くに亡くし、年を重ねてからそのときの母親の気持ちが理解できるようになったという。
もちろん、悪気があって食べてしまったわけではないが、娘を思う祖父の気持ちと、対する母の感謝の気持ちを思うと胸が痛む。「トウモロコシを食べるたびに懐かしく思い出します。でも私もトウモロコシが好きです」とおっしゃった。
ほろほろ通信『トウモロコシの思い出』志賀内泰弘<中日新聞掲載2011年12月4日>