『鬼まんじゅうの思い出』|ほろほろ通信 志賀内泰弘

今から約70年前の話。名古屋市名東区の横井和子さん(80)は、小学5年のときに犬山に学童疎開し、両親と離れて寂しい思いをしていた。

ある日のこと、熱が出て疎開先の旅館の大広間で一人眠っていた。すると枕元で先生と母親の声がする。てっきり熱に浮かされて夢を見ているのだと思った。

ところが、目を開けると本当に先生と母親の姿がいて驚いた。母親が面会に来てくれたのだった。すぐに近くの病院に連れて行ってもらうと、へんとう炎だと判明。

治療を受けて旅館に戻ると、学校からみんなも帰っていて、母親が差し入れてくれた鬼まんじゅうを一緒に食べた。50人全員の分を作ってきてくれたのだった。

翌年の3月。名古屋に大空襲があった。犬山から名古屋の方を見ると、空が真っ赤になっていたという。

そのとき、和子さんの同市昭和区の実家も焼失。幸い家族は全員無事だったが、住む所がなくなってしまった。親戚を頼って岐阜県の揖斐川町に引っ越すことになり、両親が和子さんを疎開先に迎えに来てくれた。

両親とともに暮らせるようになり、寂しくはなくなった。

しかし、終戦を迎えてますます食糧不足が深刻になる。畑でサツマイモを作り、つるも煮て食べた。ときどき母親が鬼まんじゅうを作ってくれた。そのおいしかったこと。

「今は糖尿病のため甘い物を控えていますが、鬼まんじゅうが大好きで、たまに買ってきます。とても甘くてふっくら。でも、あの時の母親の鬼まんじゅうにはかなわない気がします。鬼まんじゅうを見るたびに母親のことを思い出します」と和子さんは話す。

<中日新聞掲載2014年2月9日>

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