ほっこり親孝行ものがたり『第13回 「幸せだなぁ」といつも口にする』志賀内泰弘

私は、ときどき、実家の母を訪ねる。6年ほど前に父を亡くし、それから一人暮らしをしている。父の最後は、壮絶だった。長く肺を患っていたので、息が苦しいのだ。ぎりぎりまで、訪問介護を受け、自宅で療養していた。一日の大半を酸素吸入器も使用してした。

ところが、どうしてもタバコがやめられない。母に隠れて吸ってしまうのだ。それで、ますます悪化した。そして・・・入院。母は、父がベッドの上で、顔をゆがめて苦しむ姿を見続けた。「苦しい」と悶え叫ぶ。「あの時は、ホント辛かった」と、何度も言う。
葬儀が終わった後、母はぼんやりするようになった。それに早くから気づいた私は、同居をすすめた。
「勇司さんが一緒に暮らさないかって、言ってくれてるの」
でも、母は、父との思い出の家を離れたくないという。二人して、縁側に座る。

お盆には、ほうじ茶と干し柿と、漬物。それに今回は、隣りの家の加藤さんがくれた北海道のお土産のクッキー。どこからか、キンモクセイの匂いが風にのってやってきた。
「いい匂い。秋ねぇ・・・ああ、幸せだなぁ」
「ほんと、幸せ」
「幸せだなぁ」は、母の口癖、専売特許だった。喫茶店に入ってコーヒーを飲んでも、お雑煮を食べても、面白いテレビを見ても、いつもで「幸せだなぁ」を連発していた。

ところが、父が亡くなってから、この言葉が消えた。おそらく、おそらく・・・そんなことを口にしたら、苦しんであの世に逝ってしまった父に対して、申し訳ないと思っているに違いない。で、私も「幸せ」という言葉を、母の前で言うのを封印していた。

でも、今日、無意識に出てしまったのだ。母が答えるように言った。
「幸せだねぇ」
「うん、幸せねぇ」
「私ね・・・」
「なに、お母さん」
「あなたが、幸せって言ってくれるのが一番嬉しいわ。ホッとするというか、一番の親孝行よ。それがこのところ、さっぱり「幸せ」って口にしないから心配してたの」
「え?そうだったかしら」
私は、心の中で苦笑いをした。そして、もう一度、大きく吐き出すように言った。
「ああ、幸せ」
「ほんと幸せね」

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