ほっこり親孝行ものがたり『第16回「父とキャッチボールをする」志賀内泰弘』志賀内泰弘

わたしは、引きこもりだった。小学校の2年生くらいから5年生まで、ほとんど学校へ行っていない。とにかく、外へ出掛けたくなくて、二階の部屋に「こもって」いると安心できた。

でも、リビングやキッチンにまでは降りて行くことができ、一週間に一度くらいは、両親と一緒に夕食をとることもできた。ごくごく、まれにではあるけれど、母親が手掛けている家庭菜園を見に行ける日もあったから、最悪の状態ではなかったのかもしれない。

最初の頃は、両親も力づくで学校へ行かせようとしたが、 (あとで聞いたことだが)カウンセラーさんのアドバイスで、黙って見守るようになった。でも、5年生の夏。異変が起きた。それは日曜日の昼時だった。

「リサも知ってることだけど、お前にはお兄ちゃんがいたんだよね」
「うん、知ってるよ。生まれる前に、亡くなったって」
「男親ってな、たいていこう思うらしいんだ。息子ができたら、一緒にキャッチボールよう、とか。成人したら、居酒屋へ二人で飲みに行こう、とか」
わたしは、何を思ったのか、こう答えた。
「わたしでよければ、いいよ、キャッチボール」
「え?」
父も母も、無言で顔を合わせた。
「なによ、女の子じゃダメなの?」
「いや、・・・うれしい」

父は、近くのスポーツ店へ走り、グローブを二つとソフトボールを買ってきた。狭い庭ではあるけれど、精一杯に離れてキャッチボールを始めた。もちろん、わたしにできるわけがない。でも、父は、丁寧に丁寧にほおってくれた。間違いなく、それがきっかけになり、わたしは次の日から学校へ行き始めた。そして、なんとソフトボール部に入部した。

それから、15年が経った。その父が大病をして、2か月ほどの入院生活ののち家に帰って来た。お医者さんは「もう大丈夫だから、少しずつ普通の生活に慣らしていって下さい」と言う。

わたしは、なんとか外へ連れ出そうして「海を見に行こうか」「ドライブも気持ちいいよ」と誘うが、なかなか乗ってこない。ほとんど外出もしないまま、二か月が経った。今度は、父が「引きこもり」になってしまったのだ。

わたしは、ふと「あの日」のことを思い出し、納戸の奥に仕舞ってあった二つのグローブを取り出してきた。そして、昼ごはんのとき、食卓の上にポンっと置いた。
「ねえ、キャッチボールやらない?」
一瞬、キョトンとした父が、にこりと笑った。そして言った。
「やるか」

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