ちょっといい話『残念!運を持っていかれてしまいました』志賀内泰弘

買い物で両手がいっぱい。両方ともかなり重く、家までタクシーに乗ることにしました。しかし、そういう時に限ってなかなか来ない。炎天下の交差点で、背中を汗が伝います。

ようやくやって来たタクシーに、手を上げます。
 (ああ、ようやく冷房の車内に入れる)
目の前に止まってくれたタクシーに乗り込もうとして、気づきました。舗道下の側溝に、空き缶が落ちているではありませんか。当メルマガでも、何度も話題にさせていただきましたが、志賀内は路上や駅などで空き缶やペットボトルが落ちているの見つけたら、できるかぎり拾うようにしています。あくまでも「できるかぎり」。

できないこともあります。雨の日で、右手に荷物、左手に傘を持っているとき。疲れてヘロヘロの時。その空き缶が、泥まみれでベタベタの時。そういうとき、見て見ぬフリをしてしまうことがあります。・・・とはいうものの、「いかいかん」と心の中で自分と戦い、結局10メートルくらい行き過ぎてから踵を返すこともあるのですが。

なぜ拾うのか?
これは、拙著「なぜ「そうじ」をすると人生が変わるのか?」(ダイヤモンド社)にも綴ったことですが、とにかく「ゴミ拾い」をすると、自分に「いいこと」があるのです。スピリチュアルな理由ではなく、論理的に「いいこと」が必ず起こることを知っているからです。

社会のため、という大義名分はあるものの、「一つ、ゴミを拾うと、一つ『運』を拾うことになる」のを体験から確信しているのです。「いいこと」が起こることが、はっきりしているのに、見て見ぬフリをしてしおりすぎるという道理はありません。
でも、でも、
「まあ、いいや、一回くらい」
とか、
「一回くらい、いいことが起きるのを放棄してもいいや」
と思って、通り過ぎることもあるのです。

だって、にんげんだもの。
(by相田みつを)

でも、この日は、猛暑で汗だく、フラフラ。両手に重い荷物にもかかわらず、エイ!と心の中で掛け声をかけて空き缶を拾ったのでした。タクシーに乗り込むと、拾った空き缶を、足元に空きました。乗り込む前に、缶の中に残っていた僅かのジュースを排水溝に流し切ったので、中身が零れて車内が汚れるという恐れはありません。

その時でした。
行き先も告げないうちに、ドライバーさんがおっしゃったのです。
「それこちらでお預かりします」
「え?!」
「いま、拾われましたよね」
そう言うと、サッとレジ袋を差し出し、「ここへ入れてください」と。

私は、戸惑いながらも嬉しくなり空き缶をレジ袋へ入れました。そして車が出発。私は、ドライバーさんに尋ねました。
「いつも、レジ袋を持っておられるのですか?こういうことが、他にもあるのですか?」
「はい、気分が悪くなられたお客様のために、必ず車にはビニール袋は常備しています。でも、これは、コンビニで買い物したときにレジ袋ですけど。ガムなどの包み紙をお客様から受け取ることもありますし、たまたまお客様が降りられた後、車内に残っていたゴミを拾って入れることもあります」
「私は、何度か拾ったペットボトルや空き缶をタクシーに持ち込んだことがありますが、こんなふうに受け取っていただいたのは初めてです。空き缶を一つ拾うと、『運』を一つ拾うと信じているのですが、今日は残念なことにドライバーさんに『運』を持って行かれてしまいました。そう言うと、
「それは申し訳ありません。『運』もらっちゃいました。あはは」
と笑われました。ひょっとすると、このドライバーさんも、空き缶を拾うと「いいこと」があると知っているに違いない。そう確信した真夏なのに、さわやかな気分になった出来事でした。

さらにダメ押しの話。
この運転手さん、コンビニでおにぎりやお弁当を買ったときにもらう、濡れおしぼりを保管しておき、お客様の手が汚れた時などに使っていただけるようにしているそうです。

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