ちょっといい話『スペアが効く人間になるなよ』志賀内泰弘

ときどき、学生の相談を受けます。多くの人は、将来に不安を抱いています。それは、自分も同じ。「あの頃」、どうやって生きて行ったらいいのかわからなくて、心の鬱々モヤモヤして押しつぶされそうでした。

そんな若者に、こんなアドバイスをします。
「スペアが効く人間にならないようにしろよ」
これは、私がサラリーマン1年目の4月に体験したことから生まれた言葉です。

まだ仮配属の研修中、その職場の課長が亡くなりました。突然死です。朝、布団の中で、冷たくなっていたそうです。会社はパニックになるのでは・・・と思いきや。

隣の課の課長が、一時的に亡くなられた課長の仕事を兼任することになりました。しばらくすると、臨時の人事異動が発令され、新しい課長が着任しました。そして、いつもと同じ日常が戻りました。

「あれ? どういうことだろう」
と、新人の私は思いました。人が一人。それも責任ある管理職がいなくなっても、会社は昨日と変わらず回っているのです。そんな疑問を抱いたからといって、私の生活に大きな変化が生まれるわけではありませんでした。仕事を覚えたり、新しい人間関係を築くことで精一杯だったからです。

でも、その出来事は、ずっと私の心に残りました。そして、少しずつ、「あること」が心の中で首をもたげてきました。
「オレって、このままの人生でいいのだろうか」
「もし今、自分が死んでも、あの課長が亡くなられた時と同じように、誰かがその代わりをするだけだろうなぁ」
そう思うと、なんだかやるせない気分になるのです。

サラリーマン生活を続けるうち、だんだんこんなことを考えるようになりました。
「人とは違うやり方で仕事をしよう」
「人と同じじゃつまらない」
でも、それはかなり危険を伴いました。「人と変わっている」ということは、叩かれるからです。いくら成績を上げても、上司に可愛がられるどころか煙たがられました。なぜなら、次々と新しい改革案の企画書を提出するからです。

上司の気持ちはわかります。平穏無事に過ごすのが一番。私はずいぶん、偏屈者で、異端者で、やっかい者だったことでしょう。

なぜ、そんなふうに周囲に波風を立ててまで、人と違う生き方を望むようになってしまったのか。つい、最近ですが、その理由に思い当たりました。

直木賞作家の朱川湊人さんの「わたしの宝石」(文春文庫)の中に収められている短編小説「ポコタン・ザ・グレート」の中に、こんなくだりがあるのを読んでハッとしたことがきっかけでした。

主人公のポコタンという女の子は、幼い頃、両親に、「〇〇ちゃんはいいなあ、××を買ってもらえて」と、欲しい物をねだると、母親からこんなことを言われたのです。

「よそはぁーよそっ、うちはぁーうちっ」

そう、ただ「そんなの買いません」と厳しく言うのではなく、「鬼は外、福は内」の節回しで、楽し気に言うのです。それを聞いてポコタンは、ゲラゲラと笑ってしまったというお話です。

たぶん、どこの家庭でも似たようなことがあるのではと思います。私の母親も、「〇〇買って~誰誰クンは買ってもらったよ」と言うと、「うちはうち、人は人」と言われました。そして、続けて母は、こんなことを言いました。
「うちはね、お金がないわけじゃないの。松坂屋さんに預けてあって、必要な時に取りに行くだけなのよ」
幼いながらも、これには笑ってしまいました。
 
さて、前段の話の続きです。
「うちはうち、人は人」
そう言われ続けて来た私は、その意味を知らぬ間に曲解していった気がします。そうです。人と違う考え方をしよう。人と違う人生を送りたい。人は人、自分は自分なのだから。

しかし、それを実現するには、並大抵の努力ではかないません。そう思ってはいても、人に負けないようなスキルを得る「努力」もせず、ただ妄想していただけなのですから。その後、「スペアが効くような人間にはなりたくない」と悶々としながらも、ただ普通のサラリーマンを続けました。

「もやもや」を解消するため、社外でさまざまなことをしてきました。町おこし、市民活動、作家、飲食店プロデュースなど二足、いや五足くらいの草鞋を履き、「スペアの効かない人間」を目指して、個性と独創性を重んじて生きてきました。

どれも中途半端で、モヤモヤはどんどん増すばかり。やがて、46歳で会社を辞めて独立。その後、さまざまなことを手掛けてきましたが、今は「作家」業を生業としています。足掻いて、藻掻いて、平坦な道ではありませんでしたが、すくなくとも、どうにかこうにか「スペアの効かない人間」に少しは近づくことができました。

学生たちには、こう言います。
「いまの世の中、アルバイトでも契約社員でも、とりあえず食べていける仕事はあります。でも、その多くは特別のスキルを求められるものではありません。だから、いつなんどき首を挿げ替えられるかもしれません。不景気に最初に行われるのは、非正規のリストラです。いや、大会社の正社員でも同じです。М&Aで経営者が変わったり、大不況で倒産することもあります。また、大きな組織であればあるほど、会社の仕事というはスペアが効くものなのです。君にしかできない、君だからできる、君にやってほしい、と言われる人間になってください」
 
もちろん、そんなことを言っても、目の前の就活で必死な彼らに理解してもらうのは難しいのが現実です。でも、繰り返し言います。
「スペアが効く人間になるなよ」
ちょっとズルイけど、
「相当、周りからボコボコにされることを覚悟する必要があるけどね」
という私の経験は、黙っているのですが・・・。その代わり、こう言います。

「人と違うって楽しいじゃないか。自分にしかできない。自分だからできるって思ったら、『生きてるぜ~!』て喜びが湧いて来るだろう」
と。

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