ちょっといい話『遠慮しないのも、親切』志賀内泰弘

以前、中日新聞のコラムで、こんな話を紹介したことがあります。
年配の女性が両手にいっぱいの買い物をして、家までの長い坂道を歩いていた時のことです。腕が疲れたので、地面に荷物を置いて一服。その時でした。
その脇を通り過ぎて行った自転車が、なぜかクルッとUターンして戻ってきました。そして、その女性の前で停まりました。
「よかったら、荷物をかごに入れてください」
近くの中学校の男の子と思われました。女性は、遠慮しました。
「ありがとうね。でも、休めば大丈夫だから」
いつもの道だし、本当に休み休み歩けば大丈夫だったからです。断りはしたけれど、その気持ちが嬉しくてたまりませんでした。そこで、帰宅すると、その中学生が通っていると思われる地元の中学校へ電話をして、校長先生からその男の子を褒めてもらえるように伝えた・・・という話です。

その記事が掲載になった後、その該当すると思われる中学の校長先生からお礼の手紙が届きました。
「うちの生徒のことを褒めてもらって、誇らしいです」
というお礼の内容でした。

ところが、もう一通、批判的な便りも届いたのです。
「その年配の女性は間違っています。なぜ、素直に男の子の厚意を受けなかったのでしょう。その子は、きっと、かなり迷いつつも勇気を出して声を掛けたに違いありません。それなのに、断られたことで、『もうこれから親切をするのは止めよう』と思ってしまうかもしれません。人の厚意を受けるのは、年上の人の務めです」
と。
なるほどなあ~と思いました。電車の中で、若い人がお年寄りに席を譲るシーンに出くわします。
「すくに降りますから」
と言って、遠慮したのか断るのを見たことがあります。私も、そう言って断られたことがあります。お年寄りにも、言い分があります。
「年寄り扱いしてほしくない」
「あえて座らずに、足腰を鍛えているのだ」
「本当に、次の駅で降りるから、立っていた方が降りやすい」
そんな気持ちを察してあげるのも親切かもしれません。でも、いちいち、胸の内の本心まで尋ねるわけにはいきませんから、やっかいです。まさしく、ケースバイケースで、正解はないのですね。

さて、中日新聞のタイ支局からのレポート記事で、こんな話に目が留まりました。このコロナ禍の中、バンコクの郊外の食堂前を通りかかると、100人以上の人達が行列を成しているました。

タイでも、休職や失業で食べるのにも困る人が増えています。そこで、この食堂の女性経営者は、無償のお弁当をを配っているのだと言います。タイは、敬虔な仏教国です。「タンブン」といって、功徳(ブン)を積む(タン)ことで、自分や家族の現世・来世の幸せに繋がるという教えがあるのです。

店主は、
「できることをやっているだけ」
と言い、記者さんにも、
「せっかくだから、食べていって」
と、勧めてくれました。いったんは遠慮しかけたものの、思い直します。食事に困っているわけではないけれど、「これもタンブンだ」と受け止めて、できたてのタイ風ラーメン「バミー」をいただいたそうです。

親切ってホント難しいです。
「おせっかい」と思われると、逆効果だからです。
でも、難しいって考え込まずに、気楽に気軽に声を掛けるのがいいのではないでしょうか。タイのように、親切が街にあふれたなら、受ける側も遠慮せずに済むのではないか。遠慮しないのも親切。親切された人は、いつか別のところで他の人に、親切をすればいいだけなのですから。

<2020年5月21日付「中日新聞夕刊」参考>

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