ちょっといい話『続・建設業で本当にあった心温まる物語 その1』志賀内泰弘

建設業は3K(きつい、汚い、危険)と言われる不人気業種です。その上、容易に一人前になれる仕事ではありません。でも、そこで働く人々がいます。3Kと承知で「建設で働きたい」と言う若者もいます。そこには、他業種以上に「なぜ望んで、その仕事に就いたのか?」「辛い時、苦しい時、どうやって乗り越えて来たのか?」とドラマが潜んでいます。

建設コンサルタントの降籏達生さんは、建設業に携わる人たちの「心温まるいい話」を長年にわたって募ってきました。日刊建設工業新聞で連載されたエピソードをまとめた「続・建設業で本当にあった心温まる物語」から、紹介させていただきます。

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株式会社永賢組
永草孝憲(愛知県)

~人と人の繋がりを大切にし、豊かな未来を創造をする~

私は現在35歳。創業61年目を迎える建設会社の経営者です。5年前に61歳で他界した先代経営者である父との話です。

父は田舎から名古屋に出てきて、創業家の娘と結婚をし、2代目経営者になりました。お客様一人一人のことを心から大切にしていました。仕事以外のことを相談されても、親身になって自分のことのように助けたり、アドバイスをしたりしていました。人と人のつながりを大切にしていたこともあり、多くの方々から、仕事の紹介や、依頼をいただいておりました。

そんな父と私は、度々衝突をしていました。私は「会社にファンをつけなければダメだ」「マーケティングをしっかりしなければダメだ」などと、実績もあまりないのに理屈を振りかざしていました。

父に病気が発覚し、入院したため営業ができなくなりました。私が父の代わりにトップ営業をしなければなりません。私は今まで主張していた方法論で行動しましたが、思うように成果がでません。そんな時に、助けてくれたのは父の友人や、自分の友人でした。一人一人とのつながりを大切にする仕事の仕方が重要だということが改めてわかりました。

ついに父が亡くなり、ぼうぜんとしていたある日、父の使っていた携帯電話を私が使うことになりました。電源をつけ携帯を開くと、亡くなる前日まで多くの通話履歴が残っていました。父が、お客様や友人に対して話した痕跡でした。

その後、多くの方々から電話をいただきました。皆さん「おまえのおやじに頼まれたから、うちの家を作ってくれ」「事務所を作ってくれ」というものでした。涙が出てきました。

経営理念を「人と人の繋がりを大切にし、豊かな未来を創造をする」にしました。そして私自身、人を大切にして後世につなげていく仕事をしていきたいと決意しました。

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いやぁ~私も思い出してしまいました。
社会人になって、しばらくしてのことです。
仕事が少しだけわかってきて、調子になっていた私は、父親に仕事について、ずいぶんと生意気なことを口にしました。
一度や二度ではなく、しょっちゅうです。
父親は、ほとんどノーコメンだった気がします。
叱るでもなく、無視するでもなく「そうか」と言い、いつも聞いていてくれました。
しかし、数年後、会社でとんでもない苦労に見舞われました。辛くて、辛くて死にそうでした。その時、父親は、ぽつりと私に言いました。
「俺も昔、いろいろあった・・・」と。
そして、辛かった経験を話してくれたのです。

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