よく相談を受けます。仕事やお金の悩み、人間関係のトラブル、中には離婚問題もありました。もともと私はオシャベリな方なので、ついつい夢中になってアドバイスをします。はたしてそれが相手のプラスになっているかどうかはわかりません。
というのは、普段無口なのに、絶妙のタイミングで素晴らしい助言をする人がいるからです。サラリーマン時代の先輩もそうでした。私が、仕事で悩んでいた時のことです。
ポツリと、
「なんだかんだと悩んでる時間があったら、サッサッと目の前の仕事を片付けてしまった方がいいと思うよ」
と言われて、私は前に進むことができたのでした。
さて、寡黙で有名な俳優と言えば、高倉健さんです。
数々の名作に主演されていますが、中でもその存在感の大きさに感銘したのが山田洋次監督の「幸福の黄色いハンカチ」(1977年公開)。第1回日本アカデミー賞の最優秀作品賞でもあります。
その山田監督は、武田鉄矢さんのキャスティングについてこんなエピソードを語っています。
「ただ武田鉄矢のキャスティングには苦労しましたね。若者の候補者はいっぱいいるけど、みんなカッコよすぎて、地方出身者で労働者、女の子に振られてばかりいるイメージに近い人がいない。
あるとき、プロデューサーが海援隊のLPのジャケットをもってきた。「この男どうだろう」と。3人並んでいる真ん中がいやに脚が短くて、顔がでっかくてね。一目でこれいいなあと思った(笑)。
彼は演技は初めてだったから、何十回テストしたかわかりませんよ。絶望して「もうやりたくない」と言っていたらしい。
今では、俳優としても有名な武田鉄矢さんが、映画デビューの際にはそんなことがあったのだと驚きました。
さて、気になるのは、そんな武田鉄矢さんがいかにしてその映画で名演技をするようになったです。山田監督は、こう続けます。
「あとで聞きましたけれど、健さんが彼のところへ行って、
『おまえ、監督に叱られるというのは脈があるからだぞ。何もならないなら何も言わないよ』
と言って、慰めたそうです。健さんはそうやって気をつかってくれるんですよ」
う~ん、名言です。
その名言は、他の誰かが真似をしたからと言って、効果があるとは言えません。健さんだからこそ重みがある。その重みは、健さんが寡黙だから、生きた言葉になるのですね。
しかし、見習うには遅すぎます。今さら寡黙な人間にはなれそうにありませんから。
朝日新聞デジタル(2022年1月3日 14時00分)より抜粋