その昔、「タテ型人脈のすすめ」(ソフトバンククリエィティブ)という本を書いたことがあります。また、ご縁の大切さを説き、ご縁の紡ぎ方を導く私塾「志賀内人脈塾」という勉強会も主宰しています。
そのため、拙著にサインを求められると、しばしばこんな言葉を書かせていただいています。
「ひとつの縁が人生を変える」
下関市立勝山中学校の元・校長で、現在、下関市立彦島図書館の館長を務めておられる福原賢治さんから、「ご縁」にまつわるお話を寄せていただきましまた。2回に分けて、2つのエピソードを紹介させていただきます。
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『出会いとつながりを大切にパート2 コロナ禍で悔しい思いをしている生徒たち』
2019年3月に教員を退職し、今は下関市立の図書館に勤めています。
その勤務する図書館に今年(2021)2月、「第42回少年の主張全国大会~わたしの主張2020~報告書」が届きました。この報告書には各都道府県代表の中学生が自らの主張を述べた作品が掲載されています。
一つの作品が400字詰原稿用紙4枚程度で、どの作品も力強く自分の主張が述べられており、大人も考えさせられるものばかりです。報告書に目を通していると、ソフトテニスに打ち込んでいる中2の女子生徒の作品に目が留まりました。
彼女は、1年前(2020)の3月の三重県伊勢市で開催される全国大会「都道府県対抗全日本中学生ソフトテニス大会」に愛媛県の代表として出場することになっていましたが、新型コロナウイルス感染者拡大により大会そのものが中止になりました。
2年生になった彼女は、3月の全国大会が中止になった悔しい気持ちをエネルギーに変えて、夏に開催される全国大会(全中)に向けて練習に励んでいましたが、この夏の全国大会もそれにつながる四国大会や県総体も中止になったのです。
歯がゆく、悔しい気持ちで心がいっぱいになりながらも、最後の夏が終わった3年生を思う気持ち、他の部員と今できることに一生懸命になっている姿、教職員や保護者、地域の方々に支えられて開催された運動会、周囲の人々に感謝する気持ちが切々と綴られていました。
彼女の作品を目にしたとき、毎年3月に伊勢市で開催される全国大会が今年(2021)も新型コロナにより中止になっていることを私はすでに知っていました。
3年間の中学校生活なので夏の全国大会は出場のチャンスが3回ありますが、春の大会は3月下旬の開催のため、2回しか出場のチャンスはありません。その2回がともに中止となったのです。
今年も歯がゆく、悔しい思いをしている彼女の姿が目に浮かぶようでした。もちろん、彼女と同じように悔しい気持ちの中学生が日本中にたくさんいたはずです。
私自身、中学校からソフトテニスを始め、14歳のときから中学校の理科の教員になりソフトテニス部の顧問、そして、県1位(当時の私は県大会までしか知らなかったのです)をとりたいと思い教員になりました。
一生懸命に指導に携わり、都道府県対抗で行われる3月の全国大会の山口県女子監督を第1回大会(1990)から随分させていただきました。その3月の全国大会が初めて中止となったのは、2011年3月11日に発生した東日本大震災によるものでした。
福島県の双葉中学校の選手をはじめ、震災や原発事故により避難を強いられ、全国大会どころではなかった選手もかなりいたと思います。未曽有の大災害でたくさんの方々が亡くなられました。
3月末の全国大会中止は仕方のないことでしたが、その大会をめざしてきた選手にとって大会中止はつらいものでした。そのとき関わっていた山口県女子選抜チームのキャプテンをしていた中2の女子選手の落ち込んでいた様子やそのときの表情は今でも覚えています。
その後、その選手は気持ちを切り替えて夏の全国大会をめざしてがんばり、中3最後の夏の全国大会(全中)に出場しました。福岡県の高校へ進学して、高校3年生のときはレギュラー選手として福岡県を国体少年女子優勝に導きました。
そして今は実業団でがんばっていますが、母親と中学生のときの話をすると今でも「娘は3月の全国大会が中止になったあの頃はちょっとした引きこもりのようになっていました」と話します。
東日本大震災の発生により全国大会が中止になったことで、その大会をめざして厳しい練習に取り組んできた選手の悔しさやつらさを知っていた私は、新型コロナウイルスにより同じ全国大会が2年続けて中止という体験をしている少年の主張全国大会報告書の中の中学2年生の作品を読んだとき、じっとしていることができませんでした。
その生徒の中学校に電話をかけて、校長先生につないでいただきました。少年の主張全国大会の報告書を読んで電話をしていること、私が教員をしていたこと、自分とソフトテニスの関わり、東日本大震災による全国大会中止とそのときの選手の悔しさなどを話し、最後に、昨年から春夏春と3つの全国大会中止を経験し、悔しい思いをしている貴校の女子生徒に夏の全国大会に向けてがんばってほしい旨を伝えました。
私の中ではその電話ですべて終えたつもりでいましたが、数日後の2月下旬、勤務している図書館にその女子生徒から手紙とシトラスリボンが届きました。
手紙には、突然の電話に対する驚きと感謝の気持ち、春と夏の全国大会中止に対する悔しさとともに、唯一残された夏の全国大会へ向けて大切にプレーする気持ちが綴られていました。
手紙が届くと思っていなかった私は、彼女からの手紙へのお礼とともに自分とソフトテニスの関わり、3月の全国大会(東日本大震災で中止になったことを含む)のこと、ソフトテニスに対する私の思いなどを綴った手紙を送りました。
その後も、3年生になった彼女が練習に励み、最後の夏の全国大会出場を期待し応援していました。やがて8月を迎え、県総体や四国大会が終わった頃、私はネットで大会記録を調べました。うれしいことに彼女のペアは県総体・四国大会を勝ち抜き、全国大会出場を決めていました。
夏休みのお盆が近いときでしたが、彼女の中学校に電話をかけました。偶然、昨年度の彼女の担任の先生が電話をとられ、私のことを覚えてくださっていたのですぐに話は通じました。
全国大会に向けて校内で練習をしている彼女を呼んできてくださったので、はじめて電話で彼女と話をしました。はっきりとした聞き取りやすい声で、県総体や四国大会のこと、そして間近に迫った全国大会への思いを語ってくれました。私からは向かっていく気持ちと攻めることの大切さを伝えました。
9月になり、全国大会を終えた彼女から手紙が届きました。全国大会では1球1球を大切に楽しくプレーができて5位入賞したこと、高校進学後もソフトテニスを続けたいことなどが綴られ、最後にお礼を述べ、「作文一つでこんな出会いがあるんだと感じました」と添えられていました。
彼女のお母さんとも、電話で彼女のがんばりや進路などについて、いろいろな話をすることができました。中学生の作文に心を動かされ、思わずかけた電話からはじまったのやり取りでした。実際に会ったことはないのに、悔しい思いしながらもひたむきにがんばる中学生から心のエネルギーを受け取りました。
教員を退職して3年が過ぎようとしていますが、改めて人との出会い、人とのつながりを大切にしていかなければいけないと教えられたような気がしています。