ちょっといい話『意表をつかれた面接練習での涙』志賀内泰弘

滋賀県で高校教諭をしている北村遥明さんは、毎月ゲスト講師を招いての勉強会「虹天塾近江」を主催し、その講演録などを掲載したニュースレターを発行しています。

今日は、その北村の「ちょっといい話」を紹介させていただきます。

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「意表をつかれた面接練習での涙」

私はいわゆるベテラン教員で、その年は高校三年生の担任をしていました。

同じ学年には初めて進路指導をする若いA先生がいました。 10月、11月は大学の推薦入試を受験する生徒が多く、A先生も毎日遅くまでクラスの生徒のために面接練習を行なっていました。    

面接練習ではまず、身なり、入室の仕方、いすの座り方、返事の仕方などの基本から指導します。そしてその後に、いろいろな質問に答えられるように生徒に教えていくのです。

「志望理由はなんですか?」
「高校生活でがんばったことは何ですか?」
「自己アピールを1分以内にしてください」

何度も繰り返し練習することで、生徒たちがこのような基本的な質問に答えられるようになると、次に応用力の段階に入っていきます。つまり、意表を突くような質問も織り交ぜていくのです。

一方、生徒の方は毎日会っている担任の先生であっても自分の進路が懸かっているので真剣そのもので面接指導を受けます。中には緊張してしまい、汗びっちょりになる生徒もいます。

そんな緊迫した雰囲気の中で行ないますから、意表を突く質問をされたときには、言葉につまってしまい思わず目に涙が浮かんでくる生徒もいるくらいです。

さてある日、A先生は面接指導を終えて職員室に戻ってくるなり、私にこんなことがあったと話してくれました。 その日、A先生が放課後に女子生徒Hさんの面接練習をしていたときのことです。

30分ほど経って、A先生はHさんが面接に慣れてきたと判断しました。そして、こんな意表をつく質問をしてみました。

「あなたは高校生活でがんばってきたこととして、先ほど部活動のことを話してくれましたが、部活動以外の日常生活ではどのようなことをがんばってきたのか話してください」

そうすると、そのHさんは、みるみる顔が紅潮していき、すぐに言葉が出てきませんでした。その質問に対する答えを用意していなかったからです。けれども数秒後に、意を決したような表情で次のように答えたのです。

「私が日常生活でがんばってきたことは掃除です。私の学級の担任の先生がとても掃除を大切にされており、その影響を受けてでした。
私はもともと掃除を大切にするような人間ではなかったのですが、その先生のおかげで自分の部屋もきれいにするようになりました」

A先生はその言葉を聞き、目頭が熱くなるのを覚えました。

「はい、わかりました…」

と言って次の質問に移ろうとしたものの、すぐに言葉が出てきません・・・。

その生徒が言った“担任”とはまさしくA先生のことだったのです。 たしかにA先生は日頃から掃除を大切にされていてました。

でも高校三年生にもなれば生徒たちも自分の価値観や考えをしっかり持っています。A先生の言っていることをいい加減に受け流すような生徒も見受けられる状況でした。

A先生はそんなクラスの状況を何となく分かっていたので、掃除の時間に自ら床のぞうきんがけをしたり、掲示物をきれいにしたりしていましたが、「掃除をやらない人はダメ」とか「家でもしっかり掃除をしなさい」というようなことは言っていませんでした。

にも関わらず、HさんはA先生の影響を受けて自分が変わったと言ったのです。 夜7時を過ぎて他に誰もいなくなった職員室でそんな出来事を私に話してくれたA先生。

「自分の思いは生徒には伝わっていないと思っていましたが、ちゃんと伝わっていたのですね」

と話す目には笑顔の中にうっすら涙がありました。

「教育は種まきのようなもの」

という言葉があります。

いつ芽が生えてくるかわからない種。でも蒔かなければ生えてこないのが教育の種まきなのですね。

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