ほろほろ通信『「ありがとう」と目で合図して』志賀内泰弘

去る1月27日の午後1時45分頃、名古屋市北区の前田稔さん(85)は理髪店に行くため黒川(北)の停留所でバスを待っていた。到着したバスの中を「座れるかなあ」と外からのぞく。満席のときには、次のバスが来るのを待つことにしている。幸いこの時は空席があるように見えたので乗り込んだ。

ところが優先席はお年寄りで埋まっていた。一段高くなっている最後部の座席しか空いていない。「どうしよう」と迷っていると、乗降口近くに座っていた20代の女性が、パッと席を立ち譲ってくれた。

「ありがとう」と目礼して腰掛けた。こんな時、前田さんはあえて「ありがとう」と声に出してお礼を言わないように心掛けている。席を譲った人の多くは、照れくさいと思うらしい。「ありがとう」と言うと、それが増してしまう恐れがある。その証拠に照れ隠しか、多くの人が譲った後でわざわざ離れた所まで移動してつり革につかまる。

次のバス停で優先席に座っていた人が降りていった。前田さんはすかさずその優先席に移り、先ほど席を譲ってくれた女性に目で合図をした。「さっきはありがとう。席を替わります」と無言で。

すると、再び元の座席に着いてくれた。前田さんは、感謝と「気遣いさせて申し訳ない」という気持ちでいっぱいだったので、彼女がまた座ってくれたおかげで心が楽になった。

二つ先のバス停で降りる時、もう一度その女性に会釈をした。すると、にっこり笑って見送ってくださった。この間、一言も言葉を交わさない。でも、心がつながりポカポカ温かくなったという。

<中日新聞掲載2012年4月8日>

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