第2770号『かえって良かったです 』|ほろほろ通信 志賀内泰弘

豊橋市の松下芳子さん(93)は、骨折などで足が不自由になり週2回、デイサービスに通っている。元気だった80歳ごろまでは一人で電車やバスに乗りどこへでも出掛けていた。2005年に愛・地球博が開催されたときは一日中、会場を歩き回ったそうだ。

まだ一人で歩くことができたころの豊橋鉄道・渥美線の車内での話。

松下さんが高師駅から乗り込むと、満員で座席は空いていなかった。重い手荷物があったので「弱ったな」と思っていると、膝の上に幼稚園の年長さんくらい子どもを抱いた若い母親が、「どうぞ」と言って席を譲ってくれたので、遠慮なく座らせてもらった。

その後、母子は少し離れた窓際に移動し、ずっと立っていた。

終点の新豊橋駅に着いた。松下さんは乗降客をかき分けて、母子のところへ行き「先ほどはありがとうございました」「坊やありがとうね」とお礼を言った。

子どもはピョコンと頭を下げてにっこり笑った。母親はこう返事をされた。

「いいえ、こちらの方が景色がよく見えて、かえって良かったですよ」

松下さんは、この一言に感銘を受けた。席を譲られた人は、譲った人に対して感謝とともに申し訳ないという気持ちも抱く。そんな心の負担をかけさせまいとして、口から発せられた言葉に違いないと思ったのだ。

「もう十数年も前のことですが、今も忘れることができません。人に親切にする時も『かえって良かったです』と相手のことを気遣う。なんて美しい日本語なんでしょう。あの母親のお子さんゆえに、きっと礼儀正しい大人になっていることと思います」

と松下さんは話す。

<中日新聞掲載 2013年9月1日>

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