たった一言でコンテスト受賞作品★ホスピタリティ賞★『ありがとう』

帝京高等学校
倉代さん

<心に響いた「たった一言」>
「ありがとう」

<「たった一言で」エピソード>
ぼくの祖父は、ぼくが生まれる三年前から、脳梗塞という病気で左手足にまひがあり不自由な生活をしていた。

ぼくは小さい時から祖父の左手のかわりとなり、いろいろなことをしてあげた。祖父は、僕の大切な理解者で、僕はやんちゃでいつも母にしかられていたが、「こんなやさしい思いやりのある子はいない」と言っていつもなでてくれていた。祖父は片手しか使えないので、おせんべいなどを食べやすいように破って祖父に渡すと、いつも「ありがという」とニコリとして、言ってくれた。

祖父はものを頼んだ言葉の最後には、いつも「ありがとう」と言ってくれる。祖父の「ありがとう」は、ものすごく重みがあった。心の底から助けてくれて、ありがとう、という気持ちが伝わってきた。

祖父が入院した時、病院ではリハビリといい祖父にできることは自分でするようにと看護士さんは、祖父に手をかしてくれなかった。僕は困っている祖父をみるのが悲しくて、学校が終わったら、すぐに自転車にのって入院している祖父のところに行って、祖父の左手になってあげた。いつも面会時間が終わるまで居て、帰る時に決まって「ありがとう、明日も来てね」と言ってくれた。

祖父がなくなる最後の日も変わらず「ありがとう」と言ってくれて何も変わらなかったのに、次の朝、突然病院から祖父が急変してので至急来てくださいと電話があり、祖父の病室に入ったら祖父は意識がなかった。ぼくが最後に祖父にかけた言葉は「おじいちゃんありがとう」だった。

あの頃は、僕も小さく、車いすを押しても重かったけど今の僕なら、車いすに乗せていろいろな所に連れて行ってあげられただろうなと思う。将来は、祖父みたいな病気の人の助けになれる、仕事ができたらいいなと思っています。

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